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2006年09月26日

テレビが、ないっ!

僕のうちにはテレビがない。もう半年以上、テレビがない。引越しをしたときに壊れてそのままにしていたのだが、はじめのうちはなんだか寂しい気もしたが、今ではそんな生活にも慣れ、なんだか清々した気分だ。


見たくもない、くだらない番組をなんとなく見てしまうということもなくなり、生活が20%くらい生産的になったように思う。本を読んだり、考え事をしたり、散歩をしたり、なかなかリズムがいい。低俗番組を見て落ち込むこともなくなった。


ワールドカップや甲子園の中継が見れなかったのは多少残念ではあるが、それも過ぎてしまえばたいしたことはない。その分、ネット配信されているニュース番組などを多く見るようになり、むしろ情報は頭の中で整理されるようになった。


テレビが壊れたおかげで、これからのインターネットの時代に早々に対応できたのではないか、などと強がっている。


いや、強がりではないのかもしれない。日々のニュースや情報に不自由することはないし、余計な情報がない分、頭の中がキレイに整理されて仕事も快調だ。


もっともいい、と感じるのは、あるひとつのテーマについて、長い時間考える環境が整ったことだろう。途中で寸断されることなく、何日も何週間もそのテーマについて考えることが出来る。以前なら、日々のニュースを面白おかしく報じる番組を見るおかげで、どうでもいい他人の意見に惑わされ、考えがなかなかまとまらないことが多かったように思う。それが今は、本を読んだり、新聞を読んだりしても、自分自身の思考がぶれることが減ったように感じる。


世の中で議論の対象になっているような難しい事象も、時間をかけて考えていけば、ある程度自分の考えを持つことが可能になる。ビジネスの将来ビジョンについても同じことが言える。


WEBの進化について、さまざまな人が発言をしているが、朝から晩まで長時間考え続けられることはなかなか環境的に許されない。


かの社会学の巨人、マックスウェーバーが「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」をはじめあれだけの業績を残すことが出来たのは、病弱でなかなか人に会うことが出来なかったことが逆によかったのではないか、とも言われている。ひとつのテーマについて自分の脳でとことん考えることが出来た、ということだろう。


人の意見を聞くのも悪くないが、その意見の良し悪しの判断も含めて、やっぱり自分の脳みそで判断を下していかなければならない。そうしなければ、なんだかかっこよいことを言っていたとしても、それは単なる受け売りでしかない。自分の人生には何のプラスにもならない。


やはり、自分の脳みそでとことん考え、出した結論は説得力が違うし、聞く人の共感を生みやすいのではないか。


これからのWEBの時代には、人々はより「身近」になる。カッコつきだが。そんな時代環境の変化の中では、共感を呼ぶ力が益々重要になるのは間違いない。それにはベタではあるが、やはり自分の脳みそでとことん考えたかどうか、という積み重ねは重要にならざるを得ない。


テレビはそんな時代環境にも、もう、そぐわなくなっているのかもしれない。地上波のチャンネルを独占したままで生き延びようと企む輩に支配された日本のテレビは、もう歴史的な役割を終えているのかもしれない。


構造的に、人々を考えない方向に仕向ける日本のテレビという存在は何なのか、とさえ思ってしまう。


引越しでテレビが壊れ、偶然にもそれがない生活を送ることが出来、僕は新しい世界に出会えたようでなんだか得をした気分だ。手荒な仕事をしてくれた、引越し業者に感謝しなくちゃならない。あのドラえもんのマークの引越し業者に。


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