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2007年01月09日

塩野七生

年始の新聞で塩野七生(シオノナナミ)さんのインタビュー記事を読んだ。塩野七生さんは『ローマ人の物語』や『海の都の物語』の作者で御存知の方も多いと思う。僕も昔はよく読んでいた。古代ローマ時代の政治家たちを主人公にしたその物語はとてもエキサイティングで夢中で読んだのを覚えている。


そんな塩野さんのインタビューとあってこちらも大変興味深く読んだ。


インタビューの主題は現在の日本の総理大臣と民主党の党首に関するものだった。政治の世界を世界規模、また歴史的視点から研究されている立場から、二人を称して「総理=いいだんな様」「民主党党首=勝負しない政治家」と評しておられた。僕は選挙のたびに、政権交代に少しでも近づけば、という気持ちで民主党に投票してきており、その党首を肯定的に眺めてきていたのだが、塩野さんのインタビュー記事でばっさり切り捨てられているのを読んで、そういう見方もあるのだな、と改めて考えさせられた。

僕は政治家という職業に昔からなぜかとても興味がある。最近は好きな政治家が減ってきたが、昔はダーティーなにおいのする政治家ほど好意をもって眺めていた。いい人を演じるタイプの政治家にはどうしても好意を持つことが出来ず、それがどうしてなのか分からないが塩野さんのインタビューに触れて、またその気持ちの理由を考えさせられたのだ。

政治家にとって権力とは必要なものだ。何かを実現する為にはキレイゴトをいっていても始まらず、権力という力でねじ伏せるという要素が必要不可欠だ。政治家は本来、人柄などで評価をされるべきではなく、そのなした仕事の結果でのみ評価を受けるべき仕事だろう。ある壮大な制度的な改革をなす場合、時にはその手段にダーティーな手法が含まれていても、肯定されなければならないこともある、気がする。また、その手段に関して責任を問われたとしても、結果がよければ政治家本人は満足するような意識が必要な気がする。


そんな政治家と言う職業の本質的な部分から、塩野さんは上のような評価をされたのではないか。そんな風に考えた。

なぜか塩野さんの言うことは説得力がある。本人は政治家の経験などもちろんないのだが、その発言は、お腹の真ん中辺りで爽快な感情を感じることが出来る。世の中の不条理や残された矛盾なども充分認識した上での発言がそう感じさせるのかもしれない。強さと共に、どうしてかあったかい気持ちにさえさせてくれる。

塩野さんがもし、政治家ではなくて経営者を評したら、どんなことを言われるのだろう。そんな自省をこめて想像してみる。歴史的に刻まれる普遍的な骨格のようなものを知る方としては、どんな経営者が必要だと考えられるのだろうか。


経営者の本質は、喧嘩グループのリーダーだと最近、思うことが多いがその真偽はいかに。人格者である前に戦略家であるべきか。どうだろう。あるひとは言う。これからの経営者は女性と中国をうまく活用した企業が大きく伸びる、と。これについてはどうか。ある人は、企業はひとなり、という。これについてはどうなのだろう。少なくとも、批判する側ではなく、批判される側にいつでもいたいものだ。それだけは真理のような気がするが・・・・いかにいかに。

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